未来を見つめて(中編)―人口縮小社会への備え①
校長の小さなつぶやき(19)「未来を見つめて(中編)―人口縮小社会への備え①」
「未来を見つめて(中編)―人口縮小社会への備え①」
今日は少し、長いお話しになります。
日本は、少子化の急激な進行と人口減少、加えてAIや生成AI(GPT)、ロボット、RPAなどでの事務作業の自動化の浸透で誰もが経験したことがない未来社会を迎えます。科学技術の発展による生活の変化は世界中に共通ですが、日本の人口縮小による社会の変化は固有の問題として意識する必要があります。
少子化・人口縮小から未来に起こる現象を眺めて、踏みとどまって今の教育を考える必要があるでしょう。今の子どもたち、未来に生きる人々に必要な力の土台の育成は、小学校での学び方に大きく関係するということについて考えたいと思います。
目次
1.少子化・人口縮小と教育
2.日本は特殊であることを意識すべき
3.入国管理法の改正
1.少子化・人口縮小と教育
★6月3日の日本経済新聞の第一面は、見出しが「出生率1.26、経済活力に危機」という記事でした。フランスの出生率1.8、アメリカの1.68と比較しながら、「日本の少子化のスピードは加速、人口減少のスピードも想定を超えている」、「日本の静かなる有事でとして認識…日本の社会機能の維持にも関わる」(松野官房長官)とありました。記事内容は教育には触れていません。ただ、人口減少によって何が起こるのかということを少しでも考えれば、自ずと…、漠然としていても、今の教育と子どもに必要な学びの環境について考えざるを得ないでしょう。
★さっそく過激ですが、私見を述べます。まず、少子化と人口減少は止まらないと考えて未来に備えるべきでしょう。しかし、悲観せずに考えることです。経済発展が進んだ国は出生率が下がると言われ、例外はないようです。大規模な出生率アップの政策をとってきているフランスでさえ1.8。福祉の先進国スウェーデン1.66、先進的な教育の実践としてよく紹介されるフィンランド1.37です。日本は1.26で、出生率の回復は図られても人口縮小は止まらないと考えて備えるべきです。すでに今回のニュースの以前から5年後からは毎年100万人ずつ減少していくという予想もあります。
★減少は食い止められない。ゆえに、生じる諸問題への対応を準備するということが明確に大事でしょう。それはとりもなおさず、未来に生きる子どもたちに見合う教育を考え用意することに他なりません。これまでの世代が考えたことのないレベルで、それも、競争はあっても守られた群れの中で無意識に安心を感じていた従来ストリームの中で考えるのではなく、より個々の指向性や適性を個人のストリームで考え、世界規模で見合った教育を考えることが必要だと強く思います。たしかに、日本を維持するために政府が考える出生数増を狙う財政的政策は大事です。しかし、豊かになった国の少子化が不可避なら、これからの減少が進む社会を支える今の子どもたちに対して、起こる変化の中で生きる力を与える教育のあり方を、家庭が、保護者が、無意識に付和雷同することなく考えることが重要でしょう。これまでにない各家庭の責任と思います。国は責任をとれないと思います。
★近未来の変化、社会の変容に立ち向かうのは今の子どもたちです。子どもたち自身にために、また子どもたちが貢献する社会の活力やアイデンティティを保つためにも、どんな教育が必要なのかを考えるべきでしょう。
2.日本は特殊であることを意識すべき
★公用語や共通語にはならない唯一無二の「日本語」で意思疎通が行われている国です。使う言葉を例にしても、人口が減り労働力が不足する状態で、国力の規模が相対的に小さくなった時に社会にはどんな窮状が訪れるか。どんな変化が起こるのか。日本政府は技能を有しない外国の人々の定住にはとても慎重でした。したがって、(国内での日本語教育はもうすでに問題になっていますが、あえて誤解を恐れずに言えば…)言葉の問題はそれほど大問題になっては来ませんでした。逆に、言葉の問題が解消されるなら、あるいは問題とされないのなら、日常の風景はどんな風になるのか。
★もう遥かく遠く20年前の話になりますが、サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突と21世紀の日本』(集英社新書2000年1月初版)が出版されました。その7年前(1993年)に出されたハンチントンの『文明の衝突』は世界を驚かせました。世界はグローバルな国際社会へと一体化に進むのではないかという主流にもなりつつあった考え方にストップをかけました。21世紀はその逆になる。多くの文明の単位、文化や民族の単位に世界が分裂する。一体化とは逆に、国家間の相互対立や同一国内でも民族が対立したり衝突したりすると論じられていました。
★『文明の衝突と21世紀の日本』は、『文明の衝突』の日本向けの後継の論文です。日本は、文明の分類では固有で独特な特徴の「日本文明」とされています。国の少子高齢化と人口減少の予測から、将来を危惧する気持ちを抱きました。ちょうどその時、2000年の秋から大分にある立命館APU(在籍学生の半数が国際生)の仕事に関わることになりましたが、この論文との出会いと並行してAPUの国際学生との対話の中で日本の教育の課題を描き出すようになりました。日本の場合、人材育成の観点は人口減少に結んで考えることが避けられない。日本の国としての存続に、これからの若い世代の一人一人に国際化対応力の育成が重要になると感じたのです。それ以来、人口問題が語られる度に強く感じてきたことがあります。
★それは、日本では40年以上も前から少子高齢化と人口縮小が予測され、社会の諸相の変化や課題が取り上げられてきたが、政治家をはじめ国民の多くにはそうした課題は対岸の火事に過ぎず、一つの話題として放置されてきた、ということです。政治は、その時、その時の今ある経済問題だけを論じて対応してきたと言っても過言ではないでしょう。我々は台風には備えるのに、人口減少には備えようとはしてこなかった。そして、未来の変化に対応できる人材の育成に関することやその教育の重要性については深く考えないで来てしまった。その無作為の姿勢は今も根本的に何も変わっていないと感じます。
★これも過激な言になりますが、学習指導要領や大学入試制度が変わっても、学校はそれをどう乗り切るかという表面的な対応を考える程度に過ぎず、単なる制度変更としての捉え方で終わってきたと言えます。人口が減少する社会に向かってどういう力を準備させるのか。どういう学習が必応なのか、学び方は今までと同じでよいのか…。学習や学びに関する観点は立てられず、学校も社会も学校自体について考えることは、学校は一つの通過点で、ある尺度で測ってその尺でヒエラルキー化が起こる…という単純な割り切りが支配してきました。世界の中に生きる日本の特殊な教育観です。ガラパゴス化でしょう。
3.入国管理法の改正
★さて、以上に述べてきたことを考えるに、入国管理法の改正に対して注目が必要です。入国管理法が2019年度から国内のグローバル化に向かって徐々に改正されてきています。
★2019年の改正は、日本の高等教育機関を卒業(修了)して日本に就職を希望する「中核外国人材」の職種領域の制限撤廃、長期滞在を可能とするビザの更新の易化です。この下地になってきたのが2008年からの留学生受け入れ30万人(単年度あたり)計画でした。コロナ前の2019年には31万人で目標は達成されています。
★今年、2023年2月の改正では、高度な専門職として外国からの入国就労が認められる「高度外国人材」の受け入れの積極化、1年後に長期滞在許可へ。そしてこの6月には、在留資格の「特定技能」(2号)者の就労分野の拡大が議されています。「特定技能」(2号)者は即戦力の「労働者」です。正規雇用を可能にし、長期滞在を認めるものです。在留年限と就労の自由が限られる「技能実習生」や申請難民のことではありません。労働不足に応える合理的な改正だと言えます。
★「高度外国人材」、「中核外国人材」、「特定技能(2号)人材」がラインナップし、全ての分野とレベルで求人の国際化が可能になるというレールが出来ました。ニュースで入管法の改正問題として焦点にされていることとは違うレベルで、改正が進んでいます。長期滞在、家族帯同、実質永住化が可能になるわけです。日本の国力を維持するための貴重な頭脳や労働力を得てゆく法の整備です。
★日経新聞の6/3第一面には、「国立人口問題研究所によると、2020年で約7500万人だった15歳~64歳までの生産年齢人口は2050年に約5500万人まで減る。…ワタミの渡辺美樹会長兼社長は『(長期就労拡大で)店長やマネージャークラスで働いてもらえる。大きなプラスだ』ととらえる。」とありました。これが一つの具体的イメージです。
★そして注目すべきは雇用の変化です。日本ではこれまでの主流だったメンバーシップ型での採用から今年はジョブ型での採用が急増しました。ジョブ型雇用が増えれば、社内ポスト競争でグローバル化が進むと考えられます。数年前、マレーシア留学の説明会(マレーシア留学サポートセンター)に、旅行会社を退職してマレーシア留学を決意したある女性いました。志望の理由、「インバウンドのポジションから配置転換になった。インバウンド業務をしたくて就職したが、日本の大学を卒業した外国の方に代わったので、キャリアをリセットしようと…」の言葉が思い出されます。
★10、20年後、これまでの日本が経験しなかった社会の風景になる。そこに子どもたちが生きる。したがって、そこに教育の焦点を合わせることが肝心だと言えるわけです。狭い了見に聞こえるかもしれませんが、競争相手は隣の席の子ではないですよ、日本の若者だけではないですよ、世界の若者ですよ、ということです。
以下は、次号(20)後編「未来を見つめて(後編)―人口縮小社会への備え②」で。
4.新しい学び方で、未来の力を
5.興味関心を持つ力、「気づき」の力の種は小学校で
6.学びのパラダイム・シフトとグローバル化対応力